追憶のマリア
 れんは彼女を連れて屋上の端の50cmほどの高さの囲いの上に立った。


 強風が吹けばさらわれてしまいそうな、そんな死と隣り合わせの状態で、れんは平然とし、薄ら笑いさえ浮かべていた。


 彼女も、怯える様子もなく、すべてを諦めたように、ただ黙って俺を見詰めていた。


 ヘリがはしごを垂らして近付いてくる。


 その時、無線から青山さんの叫び声が聞こえた。


「ヘリ操縦してるヤツ…捜査官じゃねぇ!!」


 俺は操縦士を見上げた。


 操縦士の背後に、もう一人…?!


 血の付いた迷彩服がチラリと見えていた。


 恐らく、もう息はないだろう…


 そして、無事ヘリに乗り込んだなら、れんは即彼女を殺すだろう。


 俺は、背中からオートマチックを抜き、片手でれんに向けて構えた。


 ビルの下にようやく到着した特攻部隊の、指揮をとっているとみられる俺よりも年若い刑事が、拡声器を通して叫んだ。


「人質救助より、容疑者『川嶋 剛史(ツヨシ)』の逮捕を優先してください!!!」


 『川嶋 剛史???』俺は愕然とした。


 耳の無線機から、チッという青山さんの舌打ちが聞こえた。


 れんが、京子…川嶋京子の兄、川嶋剛史…?!


 俺が使っている偽名『ツヨシ』は、京子の兄からとったものだった。


 動揺を隠し切れずにいる俺を見て、れんは、


「『窪田』…そうか…お前だったのか…『窪田 駿』…京子が命をかけて愛した男…」


 とまるで記憶をたどるように呟いた。


 一瞬れんの顔が哀愁の色に染まった気がした。


 ほんとに京子の兄、『川嶋 剛史』なのか?







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