恋よりも、
廊下は走っちゃいけません。普段だったら厳守する私も、この時ばかりは構っていられなかった。幸い、廊下に職員の姿はなく、一気に昇降口まで駆け抜けた。
「はぁっはぁっ」
下駄箱に背を預け、そっと胸に手をあててみると。走ったからという理由にしては、乱れ過ぎていた。……心臓も、心も。
何だ、コレ……。
身体が熱い。
本当に、どうしちゃったんだろう……。
それにさっきの先生、先生が先生じゃないみたいだった。私をご飯に誘ったり、かと思えばあんな事を言ったり。今日の先生は変だ。
ふーっと長く息を吐き出す。
分からない事は沢山あるけれど、とりあえず、先生がクビになるかもしれない危険は回避出来た。先生には明日も会うし、球技会も近い。今はやらなければならない仕事の事だけを考えよう。私は気持ちを引き締めた。
「原田!」
「高瀬くん……?」
廊下の奥から駆けてくる彼に、
「あれ、どうしたの? 怪我したんじゃないの?」
訊ねると、高瀬くんに息を整えながらからりと笑った。
「もう、手当てしてもらったよ、大丈夫」
「そっか。えっと、私に用かな?」
「あの……さ、原田って加賀先生と仲良いの?」
「えっ、と……、仲が良いとか親しいとか、そういう次元の関係ではないと思うよ。まあ、私は委員長で手伝いを頼まれる事もあるから、他の先生に比べたら一緒にいる時間は長いかもね」
首を傾げつつそう答える。
すると高瀬くんは安心したようにふっと表情を緩めた。
「そっか……。なら、さ」
高瀬くんはどこか緊張した面持ちで、真っ直ぐに私を見つめてくる。それを真っ直ぐだと感じるのは、面倒くさがりでひねくれている先生の近くにいるからかもしれない。
「俺と、付き合って欲しいんだけど」
「……えっ」
虚を突いた彼の告白に、しばし反応が遅れた。
「あのっ、私」
「待って。返事は、後でいいから。ゆっくり考えて欲しい」
「でもっ」
「じゃっ、俺部活に戻るから! 原田も気を付けて帰れよ!」
一方的に言いたい事を言って高瀬くんは走って行った。まるで嵐のように。
残された私には、
「ちゃんと断れなかった……」
後悔しかない。