恋よりも、
先生も好きな人には弱いんじゃないだろうか。ああでも、先生が女性の尻に敷かれているところなんて想像がつかない。どちらかというと先生には亭主関白が似合っている。
そんなことを考えながらふと先生を見て、ぎょっとした。
てっきり、その目を意地悪く細めて「俺を誰だと思ってる」なんて傲慢極まりない答えが返って来ると予想していたのに。先生は僅かに目を見開いて固まっていた。予想外の反応に戸惑ってしまう。訊いては不味いことだったのだろうか。
「あの、先生……?」
呼び掛けても停止したままの先生に、不安が増す。実は最近彼女と別れた、とかそんな事情があったとしたら……。なんて事を聞いてしまったのだろう。何故もっと考えてからものが言えないんだ。
後悔と自己嫌悪がダブルコンボで押し寄せた時、珍しくばつが悪そうに視線を外した先生が、頭を掻きながらぽつりとそれを口にした。
「……いねえよ」
「え?」
聞き取れなくて先生を見れば、
「だから、いねえっつーの」
二度も言わせるなと此方を睨む。けれど驚きが勝っている私は気にならない。意外だった。先生に彼女がいないという事実は勿論、それを素直に私に明かした事も。
「もしかして、つい最近別れた……とかですか?」
それを訊くのに躊躇いはあったけれど、もしそうだとしたら無神経に訊いてしまった事を謝らなければならない。
心臓を踊らせながら答えを待っていると、先生は不機嫌に答えた。
「随分想像力が豊かなんだな。何を期待してんのかは知らないが学生を終えてから彼女とやらがいた事はねえよ」
「え……。どうしてですか?」
できないならともかく一般的に顔はいいはずの先生が彼女をつくらないなんて……。
当然の疑問だと私は思うのだけど、どういうわけか先生にこの手の話はタブーらしい。僅かに眉が動いたのを私は見逃さなかった。
「あの……、すみません。別に言いたくなかったら全然構わないんで。さっき訊いた事も忘れて下さい」
咄嗟に取り繕うような弁が口から出る。
けど、先生はそんな私に冷たい視線を向ける。そして慣れたように携帯用灰皿で煙草を消すと、何が気に入らないのか吐き捨てるようにこう言った。