恋よりも、
「じゃあ、お水は置いておくわね。お母さんはリビングに居るから何かあったら呼んでね」
空になった丼を嬉しそうに片付けるお母さんに「うん」と返し、部屋を出て行くお母さんを見送ってから電気を消しベッドに横になる。
……どうして先生はキスなんかしたんだろう。
冗談? 気の迷い? 挨拶? からかって? ……どれも違うと思った。
まず冗談、は有り得ない。話していても先生は滅多に冗談を口にしないし、そういう類の事を言ったとしてもそれは冗談ではなく嫌味だ。キスが先生なりの冗談だとしたら、私は今後一切先生には近付きたくない。誰かが常識というものをあの人に教えてやらねばなるまい。
気の迷い、これも可能性は低い。先生は面倒くさがりで教師としては問題あるけれど、芯のある人だ。また理性的でもある。そんな先生は、気の迷い、なんて言葉とは対極の存在だ。そもそも、気の迷いで私にキスする人自体限りなく零に近いと思う。
挨拶、こんなのは以ての外だろう。ここは日本だ。挨拶でキスする習慣はない。先生が海外に住んでいたという話も聞いた事はないし、この可能性はない。
そしてからかってキスをしたというのも、一見可能性としては高そうがそれは絶対に有り得ない。先生は面倒が嫌いな人だ。生徒間のいざこざを素通りしたのがいい例で、面倒に繋がる事は首を突っ込まないのだ。
そんな先生が、他人で遊ぶのが好きだからと言ってからかうためだけにキスをしたとは考えにくい。キスをされた私が、先生は自分を好きだと勘違いして先生に付きまとうかもしれないし、誰かに口外するかもしれない。ハイリスクノーリターン。そんな愚行をするはずがないのだ。
じゃあ、先生はどうして?
お母さんは気持ちで動けと言ったけれど、気持ちが分からないのなら考えるしかない。でも、気持ちなんて考えたって分かるわけなかった。
そういえば。先生は前に一度、原因不明のハイリスクを背負った事がある。先生の仕事を手伝っていた時、ご飯に誘われたのだ。それも謎に包まれたままだった。