恋よりも、


だけどどうして此処にいるのかが分からない。前にも似たような事があったな、と既視感を覚えて、確か以前は自分の部屋だったと思い至る。

頭に疑問符を浮かべていると、ベッドを囲むカーテンが音を立てて引かれた。

そして薄暗い中佇んでいるのは。

「目、覚めたか」

「せん、せい」

久しぶりに会った先生は、相変わらず気怠そうだ。

「お前、五時限目の体育ん時飛んできたサッカーボールに当たって気絶したんだよ。お前のクラスの奴が血相変えて駆け込んで来るから何事かと思ったら……」

先生は親切にも説明をしてくれた。
そういえばそうだったと一人で納得する私に、先生は目を閉じて溜息を吐く。

「あんま驚かせんな……」

それは言ったというよりは、呟いたという感じで。何時になく弱々しい口調に、

「す、すみません」

殆ど条件反射で謝罪の言葉が口から出た。

珍しい先生の態度に様子を窺っていると、目があった。その顔にはしっかりと余裕が戻っていて、私は心の中でほっと息を吐く。

「……気絶したお前を保健室まで運んでやったの俺なんだよな」

「ありがとうございます」

厚かましい言い方にも、今は目を瞑る。助けて貰った事実に変わりはない。

「とっくに定時過ぎてんのに、目を覚まさない生徒のために残って付きっきりで看てやったんだよなあ」

「ありがとう、ございます」

助けて、貰ったから。

「何時だか、熱出して倒れた奴が居て、母親に迎えに来るよう電話してやった事もあったっけなあ」

助けて……って、

「それは保健医の仕事じゃないですか!」

慌てて切り返すも、先生の減らず口は健在だった。

「放課後は管轄外だ」

「っあの時間じゃ放課後のうちには入りません。屁理屈言わないで下さい」

「どっちにしろ時間外労働はしない主義なんだよ」

「ただの我が儘じゃないですか! って言うかそもそも! 私が先生に時間外労働させる事になった原因はみんな先生なんですよ! あの時キスなんかするから――っ!」

そこまで言ってはっと口を押さる。

今、私……。
押し寄せるはひたすら後悔。うっかり口を滑らせるなんて、普段なら絶対にしない。久しぶりに先生と話したから気が緩んでいた……?


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