恋よりも、
「……」
訪れた沈黙が痛かった。
視線を感じても、顔を上げることができない。私はこんなにも臆病だったろうか。
「原田」
降ってきたその声に心臓が跳ね上がる。
手を当てようと胸に手を伸ばすも、だけど先生は私にざわめく心臓を宥める猶予さえ与えてくれなかった。
一二の間を置いて続けられたその言葉は。
「好きだ」
そんな、支離滅裂荒唐無稽予想すらしなかったもので。
けれど先生のマイペースな言動に慣れてしまっていた私は、驚きよりもずっと大きな変化が心に起こっていた。
先生の言葉が耳を貫いたその瞬間、すとんと自分のなかで何かが落ち着いた気がした。ふらふらとさまよっていたものが、在るべき場所に嵌った感覚。
お母さんの言った台詞が頭を過ぎり、こういう事かと妙に感心してしまう。それまで、言葉を並べて頭で考えていたのが馬鹿らしく思えてくる。確かに、これはいくら考えても分からないな。
私は心のなかで一人苦笑して、言葉を待つ先生を静かな目で見つめ返した。
「……先生、私、先生が好きです。でも、それが人としてなのか、男の人としてなのかは分かりません。だって、初恋もまだなんですから。ただ……」
自分でも不思議なくらい穏やかな気持ちだった。
「先生が好きって言ってくれてほっとしたというか……嬉しくて。なんか、分からないんですけど、胸がいっぱいで」
沸き上がってくるこの感情は。
「あの日先生がキスしてからずっともやもやしてて……。今日、高瀬くんから先生の事聞いた時、すごく先生に会いたくなったんです。そんなの初めてでした」
きっと本物のはずだから。
「考えても答えは出ないと思うんです。だから……今言ったのが私の気持ちです。こんな返事じゃ、駄目ですか?」
恐る恐る先生を見上げる。すると先生は目を細めてふっと優しく微笑んだ。目を奪われる。先生も、そんな顔をするんだ。
「上出来だ」
そう言った先生はとても満足そうだった。私も嬉しくなる。
締まりのない顔で先生を見ていると手首を引かれ、前のめりになった私の体を先生が抱きしめた。