恋よりも、


私は今年の四月まで、個人的に保健室を訪れた事は一度もなかった。

個人的に、とは、例えば春に行われる身体測定や学校単位の健康診断、友人の付き添い等で足を運んだ事はあるが、自身の怪我や体調不良でお世話になった事はないという意味である。

ただ、身体測定や健康診断は年に一、二回、友人の付き添いにしてもそうそうあるものじゃない。二年間で保健室へ行った回数を数えたら、トータルでも軽く両の指で足りるだろう。

そんな、保健室とは無縁の高校生活を送っていたはずの私が、今年の春を機に保健室を訪れる機会が格段に増えた。月に一度は当たり前、多い月では体に消毒液の匂いが染み付いてしまうのではと本気で心配するくらい。

保健室を住処としている人がいるのにそんな悩みを持つのは失礼なのかもしれない。まあ、私が何を思ったところで、それを気にするような繊細な神経を持った人間はこの保健室にはいない。だから私は極限まで思想の自由が約束されているのだ。



つまり何が言いたいのかというと。

「どうしていつもいつも私だけ残されるんですか?」

それは正当な不満だった。

「なんでも何も、お前委員長だろ」

私の抗議もなんのその、目の前の人物は余裕の表情で珈琲を啜っている。

「私が言いたいのは、なんで委員長だからって何でもかんでも私一人に任せるのかって事です。確かに委員長として頑張るとは言いましたけど……」

「あ? 何が一人だよ。俺だって手伝ってやってんじゃねえか」

「何ですか、その上から目線は。先生は保健医なんだから手伝って当たり前です。もとは先生の仕事なんですから……ってそうじゃなくて!」

シャーペンを動かす手を止めて、カップに口をつけたまま怠そうにこちらを見る先生をきっと睨みつける。

「どうして私以外の生徒に手伝ってもらわないんですか? これでは効率が悪いと思うんですけどね。というか何かある度に駆り出される私の身にもなって下さい」

「ちゃんと期限には間に合ってるだろ。どこに問題がある?」

「それは私がこうして毎日放課後を潰して手伝っているからでしょう!」

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