恋よりも、
「……余計な事じゃありません。クビになりたいんですか? 私制服だし、学校の関係者に見られでもしたらどう言い訳するつもりですか。先生は教師なんですから、もう少し考えて下さい。私は先生が――」
「原田」
必死に説得を試みる私を、だけど先生はいとも簡単に遮ってみせる。
まだ話は終わっていない、そんな気持ちを込めて先生を睨むと――。
「え……」
無表情にじっと此方を見つめる先生。そこにいつもの気怠そうな雰囲気はなくて。私は驚きを、隠せない。
「確かに、俺は教師で、お前は生徒だ。けどな……」
レンズの奥が不気味に光る。どこまでも鋭いその瞳から、目が離せない。
「教師と生徒だって、ただの男と女なんだよ」
そう言って、先生はニヤリと笑った。
「――っ」
息を呑む。見られているだけなのに、じわじわと追い詰められていくような。自分じゃない何者かに指の先まで支配されているような。一分の隙も逃さない。瞬きすら赦されない気がして。悔しいけれど、不敵に笑う先生を、ただただ見つめ返すだけで精一杯だった。
そしてどれくらい続いたのか、精神疲労の激しいこの睨めっこにいよいよ限界を感じ始めた頃。
――ガラガラッ
「先生ー! 居るー? 電気ついてるから来たんだけどー……って原田?」
緊迫感を切って現れたのは。
「高瀬、くん」
同じクラスで野球部の男の子。ユニフォーム姿の高瀬くんは私と先生の姿を見て意外そうな顔をした。
「こんな時間に何してんの……?」
その瞬間、何かが解放された。
「あっ私、保健委員だから、先生の手伝いをしててっ」
悪い事をしていたわけではないのに何故か後ろめたい気持ちが迫り上がってきて。
猛スピードで筆記具を片付け広げられたプリントを整理する。
「あの、私もう帰るんで。どうぞごゆっくり!」
早口で捲し立てると先生の顔も見ずに保健室を飛び出した。
ドアを出る寸前、耳を掠めた舌打ちは、どうか気のせいだと思いたい。