ティードリオス ~わが君にこの愛を~
「う……嘘だ! 嘘だ……!」

 写真が散らばる。

 ただ、床を叩く。

 ――洸流が、聖騎士? それも、第2王子ティードリオスの?
「うそだ……洸流……」

 脱色した、白い髪を掻き毟る。

 ただでさえ、爵位を持っているのに。

 家柄としては、彼の方が上だった。彼は、フォーセット伯爵家の一員だ。だが、継承位は低く、継ぐことはまずない。ならば、持っていないと同じこと。

「……嘘だ……」
 ふと、写真の一枚が目に入る。デューレックの肩で微笑む洸流。
 ――そうだ。彼女はデューレックに乗っていた。当時は肩ほどだった栗色の髪。無邪気に輝く黒い瞳。騎士叙勲の後の、初めての写真。その時から、彼女は最上級のデューレックに……。

 彼の、搭乗機はグレックだ。王族の警護すらできない、下級騎士。スクワイア以下。その時点で、既に遠かったのかもしれない。

 いやいやっ! 慌てて首を振る。遠くなんかない、遠くなんかない。彼女は……洸流は……。

 彼は、王族に近づいたことすらない。元々、伯爵家と言ってもおかざりだったし、唯一あるのは、ミルドレイン王女直々の極秘メールだ。ただし――誰かの悪戯。来る心当たりなどないし、第一、命令書の宛名が「リリア・フォーセット」となっている。聞いたこともない。フォーセット伯爵家第五子となっているが、第五子は彼だ。悪戯と分かっているが、削除することも、人に見せることもできず保存してある。

 そんな女々しさも、今の状況に至る一つなのかもしれない。

「洸流……洸流……」
 早くしないと。早くしないと、あの王子に……。
 今ならまだ、今ならまだ……遠くに行ってしまう前に……。
 ……でも、でも!

 インターホンが鳴ったが、彼はそれに気づかなかった。
 当然、ドアの前で、栗色の髪が風に揺れていたことにも。



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