ティードリオス ~わが君にこの愛を~
「昨夜は、遅くまですまなかったな」
「いえ、殿下」
「……寝たか?」
「はい」

 朝の挨拶に、そんな言葉を交わし、仕事が始まる。

 とは言っても、彼女は別にすることはない。ただ、雑務を始めるティードリオスの側に控えているだけ。国王から任じられた聖騎士ではない。彼の名の下に任じられた、彼の聖騎士ということは、王室の習慣上、身辺警護を任されるということだった。聖騎士の正装を身に纏い、ただ彼の側に立つ。それが彼女の役割だ。聖騎士章と、腰に纏った銃剣が、彼女の象徴。彼女の誇り。

 もともと、彼女は、ヴィーセンタの操縦と射撃の腕には自信はあるが、それ以外はからきしだ。仮令ティードリオスに手伝いを頼まれても、何もできない。……まあ、神聖言語も好きなことは好きだが。挨拶程度しか役に立たない。幼い頃から――いや、生まれた時から訓練・教育を受けてきたティードリオスたちとは違う。

 時々会話はするが、雑談程度。それ以外は沈黙だ。周囲の警戒は怠らず、しかしそれ以上は彼女の役割ではない。

「――そういえば」
 ティードリオスが、やや重く口を開く。
「最後の言葉は、『洸流』だったそうだ」
「……そうですか」

 別に何の感慨も沸かなかった。彼を撃って捕らえたときに、覚悟していた。

「……私を憎むか?」
「いえ、滅相もない」

 彼女が神聖言語で、それが我が使命ならば、と言い、それでこの会話は終わった。

 ティードリオスは、彼女の話す神聖言語が苦手だった。
 無論、意味は分かる。会話もできる。寧ろ、よく使うためには、ある程度普段から用いた方がいい。

 だが、壁を感じるのだ。

 彼女の心なのだろうか? そんな疑問が浮かぶ。しかし、それを問い詰めるには、何と言ったらいいのか分からない。問い詰めて良いのかすらも、分からない。

 彼女の、いやに流暢な神聖言語は、彼を思いとどまらせた。
 ただ――2人の時間は流れていく。



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