ティードリオス ~わが君にこの愛を~
 大したことは、なかった。それで、状況が変わる筈も無い。

 ただ、銃声が響いた。それだけ。

 弾は当たらず、彼の力に阻まれ、彼の足元の浅瀬に落ちた。
 だが――

「おねえ……ちゃん……?」

 信じられないという風に、悠夾は振り返った。
 波打ち際で半分身を起こし、自分に向かって銃剣を構える姉の姿を。

「お姉ちゃんが……ボクを……まさか……そんな……」

 ――充分な、隙だった。

 確かに、彼の杖は、目覚めて間もなく、力も弱い。どういう理屈かは分からないが、死んだ筈の命を保つ、悠夾の杖には敵わない。

 迷わず、ロケットの鎖を引きちぎり、投げた。

 それが少年の間近に迫ったとき、

「リリア! 力を貸してくれ!」
 叫ぶ。

 瞬間、黒い空間が発生し、辺りを飲み込んだ。
 悲鳴すら上がらず、闇が留まる。

 だが――充分ではない。発動は、いつもより上手く行ったが……完全ではない。

 次の瞬間、爆音が響く。
 見上げれば、コントロールを取り戻した第九期が、兵装を開放していた。

 容赦ない攻撃が、海岸に集中する。

「――フェーン・ルード・オム・ファイクリッド!!」
 ラインハルトを上昇させ、叫んでいた。

 今度こそ、杖が発動する。完全に。
 ――物体消失。それが、ティードリオスの杖の能力だった。

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