【Transformation of Tony】トランスフォーメーション・オブ・トニー
振り返った奥さんは
それまで気丈に振る舞って
いたが、その瞳には一気に
涙が溢れ出していた。
『有難う…。
貴方も辛い思いをしたのね。』
奥さんが声を詰まらせて
その場に崩れそうになっている
『さぁさ、此方にお掛けに
なって…。』
チーフがその背中を支え、
ハリウッドミラーの座席に
案内した。
麗子の時と同じ様に
しなやかな手で真っ白な
ハンカチを差し出した。
『うっ…うう…。』
よほどこれまで我慢して
来たのだろう。
奥さんの目から鬱積して
いた思いの涙が心を洗う様に
とめどなく流れ落ちる。
絶妙なタイミングで
アシスタントの男の子が
レモンティーを運んで来た。
常務の奥さんは、嗚咽と共に
心に溜まっていたものを
言葉にして少しずつ吐き出して
いった。
常務とお見合いして、
当時はやり手の営業マン
だった常務がお父さんに
気に入られ、あれよあれよと
言う間に結婚する事が
決まり、婿養子として
中津田河家に納まった。
最初の内は優しかったらしいが
そのうち父親にへつらう姿と
父が目の前に居ない時の
傲慢さのギャップに嫌気が
差して来ていた。
子供を一人授かってからは
良き父親になるどころか、
取引先の接待等を口実に
家を空ける事が多くなり、
ある日、地方の温泉場で
ストッキングを購入した
レシートを発見した事も
あったそうだ。