愛なんて簡単に語るな
 ゆっくりと視線を巡らせてある一点で止まる。いくつかのベンチが並ぶ広場に、ひとりの人間を囲うように小さな人だかりができている。
 なにを思うでもなくふらふらとそこに近寄っていく。そしてすぐに理解した。
 中心に立っていたのは、ギターを弾きながら歌うひとりの女性だった。
 黒のTシャツにカーキのモッズコートを羽織り、黒髪を高い位置でまとめている。20歳前半と思われるそのひとは、中性的な印象のなかなかの美人だった。
 彼女の正面にあたる場所に腰を下ろす。個人行動の苦手なあたしがひとりで時間を潰すには限界がある。ちょうど良い居場所だと思ったのだ。
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