愛なんて簡単に語るな
 シャワールームから戻ってきた彼女を見て、あたしは彼女の黒髪がウエストまである長さだということを初めて知った。
 艶やかなストレートヘアには繋ぎ目が見当たらなくて、それが自身のものであることを物語っている。
「すごーい、綺麗な髪! ここまで伸ばすの大変だったでしょ」
 興奮気味に話しかけるあたしに、彼女が少しだけ笑う。そして静かに言った。
「切らないって約束だからね」
 誰との、と聞きたかったけど、聞けなかった。
 多くを語らない彼女の口振りは、多くを聞くな、とあたしに要求しているようだった。多分、とても大事なひとなのだろうということを雰囲気から悟る。
 あたしはそれ以上口は開かず、床に向かって一直線に伸びる美しい黒髪をただ眺めていた。
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