愛なんて簡単に語るな
 形だけでもと布団に入っていると、戻ってきた彼女が天井から垂れる紐を引いた。暗くなった部屋のなか、隣のベッドに彼女が寝転んだことを気配で悟る。
「寝るの?」
「寝るでしょ」
 短い問いかけに短い回答。
 女の子のお泊まりと言えば深夜のおしゃべりが醍醐味なのに、と頬を膨らませるあたしは、どうして自分が見ず知らずの女性の家に上がり込んでいるのかすっかり忘れてしまっていた。
 しっかり肩まで布団を被っている彼女は確実に眠る体勢であったけど、めげずに声をかけた。
「いつもあの場所で歌ってるの?」
「そう」
「歌手とか目指してるんだ?」
「まあね」
「普段はなにをしてるひとなの?」
 そこまで言ったところで、ベッド脇のスタンドライトが光を灯した。
「あんた寝ないわけ?」
 呆れたような顔でざっくりと切り捨てられ、気持ちが唐突にしぼんでいく。
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