愛なんて簡単に語るな
 仕方なく口を閉ざして目を瞑ると、隣から小さな溜め息が漏れた。やはり今日のあたしは他人に溜め息をつかせることが天才的に上手いらしい。
「あんたはどうして泣いてたの」
 初めて相手から投げかけられた質問にパッと気持ちが明るくなる。それから、すぐに深く暗い海のなかに落下した。
 そうだった。あたし、陽くんの思い出に浸って大泣きして、家に帰りたくないって駄々をこねたからここに居るんだった。
 笑ったり沈んだり忙しく変化するあたしの顔を、彼女が頬杖をつきながら眺めている。
 底の見えない海を疲労困憊するくらい泳いだのだから、これより深い場所などないように思える。半ばなげやりにあたしは答えていた。
「彼氏と別れたの」
 なんとなく予想はしていたけれど、彼女は同情する様子を見せてはくれなかった。さして驚きもせず、へえ、と短い返事だけが戻される。
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