愛なんて簡単に語るな
「そっちはなんて名前なの」
「シオリ」
「どんな字?」
「さんずいに夕方の夕、それに里って書いて汐里」
 人差し指を伸ばして宙に字を書きながら彼女が答える。頷きかけたあたしに、でも、とすぐに遮る声が届いた。
「親と縁を切ったときに名前は捨てたの。だからいまはカタカナでシオリ」
 どんな表情を向けるべきか、瞬時には判断できなかった。
 聞こうかどうか少し迷って、それでもあたしが口を開いたのは、髪の毛を伸ばす約束について語ったときよりもずっと軽い調子で彼女が話したからだ。
「音楽を仕事にしようって考えを、認めてもらえなかったから……?」
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