愛なんて簡単に語るな
「盗まれて困るものなんてなにもないわよ」
 きょとんと目を見開くあたしをよそに、シオリは腹を抱えて散々笑い、ひいひいと苦しそうな息を漏らしながら言った。あたしは恥ずかしさと怒りから顔が熱くなっていく。彼女を心配して言ったことでこんな反応をされるなんて心外だった。
 シオリと会って2日目。彼女がこんなにも笑うところを初めて見た気がする。
「あ、でも」
 未だおかしそうに肩を震わせながら、ギターはやめてね、と冗談っぽくシオリは続けた。それから時計に目をやって、すぐに部屋を出ていってしまった。
 彼女の笑い声が消え去ったいま、物が少ないこの部屋は寂しいくらいに静かだった。
 不思議なひとだな。白い天井を眺めながら思う。
 口調がきついところはあるけれど自分に正直で、当たり前のように他人に優しくできる。親に反対されようと自分の夢をまっすぐに追いかける姿は、周りに甘えて生きてきたあたしにとってあまりに新鮮で、眩しかった。
 ギターを抱えて気持ち良さそうに歌うシオリを思い浮かべ、あたしはそっと目を閉じた。

 
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