愛なんて簡単に語るな
 作ってもらったお粥を食べ、風邪薬を飲んでゆっくり布団で休むと、夕方にはすっかり熱も引いていた。
 お礼をしなくちゃと携帯電話を取り出して気付く。あたし、シオリのアドレスも電話番号も知らないや……。
 仕方なく、自分が使った食器を洗い、テーブルに置き手紙を残すことで妥協した。できる女の子ならここで晩御飯を作って綺麗に並べてから帰るのだろうけど、残念ながらあたしは包丁を握った経験すらロクにない。
 部屋を出て言われた通りに鍵をポストに入れ、あたしの小さな冒険は終わる。ひとりで歩く慣れない道は寂しかった。
 駅前まで出ると、昨夜シオリがギターを弾きながら歌っていた広場が目に留まる。ハスキーで暖かな、彼女独特の歌声に強く惹かれた。
 良い出会いだったと思う。遠慮のない発言に傷ついたりもしたけど、あたしにとって都合の良い言葉がイコールで優しさではないのだと知った。
 これで終わりなのかな。不意に物悲しさを感じる。
 シオリの歌を聴いて、彼女の部屋でご飯を食べて、話をして、一泊して親切にしてもらって、それで終わり?
 彼女のいない広場をしばらく眺めてから、あたしは電車に乗り込むために再び歩き出した。
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