愛なんて簡単に語るな
 その日の放課後、芹香に付き合ってもらって雑貨屋を見て回ったり鯛焼きを食べたりしながら時間を潰したあたしは、午後7時を回ったところで彼女と別れた。
 シオリが歌っていた時間帯に、シオリが歌っていた場所へ足を運ぶ。
 アルバイトが入っている可能性もあるし、そもそも今日は歌いに来ないかもしれない。会える確証なんてどこにもなかった。
 それでも来ないではいられなかった。またシオリの歌が聴けるかもしれないと思うと自然と鼓動が速くなっていく。どうしてももう一度会って、彼女と仲良くなりたかった。この出会いを、たった1日の気まぐれにしたくなった。
 何度か忙しなく辺りを見渡したところで、あたしの視線はピタリと止まる。いままさにケースからギターを取り出そうとしている彼女が、そこにいた。
 胸に手を当て深呼吸をひとつする。流れてきた秋風が茶色の髪をくすぐっていく。
 あたしは静かに、シオリに向かって歩き出した。
 少しずつ縮まっていく距離。まっすぐに見つめた瞳は決して彼女からそらさなかったけれど、彼女がそれに気付くことはなかった。
 シオリがあたしの存在を確認したのは、彼女の目の前であたしが立ち止まったときだった。
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