愛なんて簡単に語るな
 まだ準備中であるシオリを、至近距離から座りもせず見下ろすひとりの女子高生。怪訝な様子で目線を上げた彼女は、顔を上げたところで目を見開いた。
「き、昨日はどうも」
 平然と会話をするはずだったのにどもってしまった。口のなかが乾いてうまく言葉にならない。改めて対面するとなにから話していいのか分からなかった。
 あなたのことが気に入りました、かっこいいなと思いました、友達になってください。頭のうえに並べてみるとどうにも子供っぽくて、ますます口が重たくなる。なにか言わなくちゃと思うほど言葉は遠のいていく。
 シオリは頭を掻いてなにやら考えている。どうしたものかといった様子だ。背中を緊張が走った。
「馬鹿ねえ、また来たの」
 沈黙を破ったのはシオリだった。
 かけられた言葉の内容に焦って目をさ迷わせたけれど、呆れたような口調は思いがけず優しかった。視線を上げると、困り顔であるはずのそれはどこか穏やかでもある。
 あたしは慌てて口を開いた。
「お礼、ちゃんとしてないもん」
 まるで言い訳のように早口に呟く。彼女の言いたいことが空気と共に伝わってきて、なんとかふたりの間に接点を作ろうとする。
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