「さようなら。」は桜いろ
初めて翼を見た時、早紀が感じた翼の言い知れぬ、捉えどころの無い影の様なものは、この事があったからだと、早紀は妙に納得した。

押し黙ったままの早紀を見て翼は

「どうした?」
と声をかけた。
早紀はただ
「何でもない。」
とは答えたが、心の中では葛藤が続いていた。

おそらく、翼にとって父親の出来事はそう遠い話では無いだろう。
自分にも、その時が訪れるだろうか、と。

そんな考え事を振り払う様に、早紀は頭を左右に振った。
翼に気を向けると

「あ、もうこんな時間か。」
と携帯電話を見て言った。
早紀も自分の携帯で確認すると18時24分を表示していた。

「じゃあ、今日はもう帰ろうか。」
と翼が言うと早紀も頷き、二人は店を出た。
それからは二人供、特に言葉を交わす事も無く、早紀は帰宅した。

変わった事と言えば、電話番号を交換したくらい。
その時、妙に意気込んでいた面持ちの翼を思い出し、早紀はくすりと一笑いした。

青く満たされた1日。

ただ、その当時の早紀にはくすぐったい様な、微熱の様な意識の中、早紀は眠りについた。
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