運命の歯車-不思議の国のアイツ-
「いいよ。大事な日なんだろ?早めに行くことに越したことはないさ。」
ケーキ店の店長は、仕事には、妥協を許さずに厳しい人だったが、人間としての温かみも十分に兼ね備えた人だった。
仕事に妥協を許さない人は、すべてを仕事に捧げており、それを他人にも求めて、人間としても温かみをどこかに置き忘れてしまったような人が多いが、店長は、それに当てはまらなかった。
リョウは、まだ、短い間だが、このケーキ店に来たことは、幸運だったと思っていた。
「それじゃ、失礼します。」
リョウは、店長に頭を下げて、店を後にしようとする。
「おい、リョウ。忘れ物だぞ。」
急いで、店を後にしようとするリョウに、後ろから店長の声が追いかけてきた。
店長の手には、ケーキなどを入れる箱が、握られていた。
中に入っているのは、2個のショートケーキ。
店長に頼み込んで、今朝、リョウが、初めて作ったケーキだった。
「まったく、一番大事な物忘れやがって。」
店長の下にケーキを取りに戻ったリョウを、店長が呆れたような表情で見た。
「・・・・すいません。」
リョウは、恥ずかしそうに、苦笑いを浮かべて、店長の持っていたケーキ入った箱を受け取った。
「焦るのは分かるけど、浮かれるといいことないぞ。落ち着いていけよ。」
「はい。」
リョウは、店長の言葉に素直に肯いて、ケーキ店を出る。
「・・・・大丈夫か、リョウは?」
店長は、そんなリョウの後姿を、愛する弟を見るような目で心配そうに見送った。