【天の雷・地の咆哮】
青白い月がほのかに大地を照らし、人々が安らかな寝息に包まれる頃。
ウェスタの城の隣に建てられている神殿から、一人の女がふらりと姿を現した。
その女は手燭も持たず、木々の茂った暗い道のりを右に左に蛇行しながらゆっくりと進む。
その足取りは重く、行き先が定まっているようには見えない。
やがて、女は広い土地に出た。
花畑、と言っても、半分ほどの花がすでに枯れ始めた状態で、
美しさの最盛期はとうに過ぎたのだと推測されるような場所だ。
その場所を目指していたのかどうか、女はふとあるものを目にして立ち止まった。
四方を四角い木枠で囲まれ、上部にはふたがされている。
滑車もつるべもついてはいないが、その様子から、枯れ井戸であることが予想できた。
さきほどまで焦点の合わない目をしていた女は、それを見つけたとたん、
その美しい瞳に生気が宿り、強い意志を放ち始めた。
女は穏やかに微笑むと、その井戸のふたに手をかけた。
長い間使っていないとは思えないほど、そのふたは滑らかに動いた。
・・お兄様。どうぞお許しください。
彼女は、王でも神でもなく、愛する兄に許しを請うと、
そのまま、その井戸の底目指して、身を投げ出した。