【天の雷・地の咆哮】

青白い月がほのかに大地を照らし、人々が安らかな寝息に包まれる頃。

ウェスタの城の隣に建てられている神殿から、一人の女がふらりと姿を現した。

その女は手燭も持たず、木々の茂った暗い道のりを右に左に蛇行しながらゆっくりと進む。

その足取りは重く、行き先が定まっているようには見えない。


やがて、女は広い土地に出た。

花畑、と言っても、半分ほどの花がすでに枯れ始めた状態で、

美しさの最盛期はとうに過ぎたのだと推測されるような場所だ。


その場所を目指していたのかどうか、女はふとあるものを目にして立ち止まった。

四方を四角い木枠で囲まれ、上部にはふたがされている。

滑車もつるべもついてはいないが、その様子から、枯れ井戸であることが予想できた。


さきほどまで焦点の合わない目をしていた女は、それを見つけたとたん、

その美しい瞳に生気が宿り、強い意志を放ち始めた。


女は穏やかに微笑むと、その井戸のふたに手をかけた。

長い間使っていないとは思えないほど、そのふたは滑らかに動いた。



・・お兄様。どうぞお許しください。



彼女は、王でも神でもなく、愛する兄に許しを請うと、

そのまま、その井戸の底目指して、身を投げ出した。



< 53 / 214 >

この作品をシェア

pagetop