女教師
「…ああ、そういえば先生には話してなかったね。あいつの親、殺されたんだよ。強盗か何かに押し入られて…。ちょうどあいつはバンドの練習やらで家を空けていたみたいだがもう、帰ってきたときは血の海で、それを目の当たりにしたそうだ。まあ考えてみれば奴も災難だった。つらい、苦しい気持ちはわかるが、乗り越えてもらわんとな。やはりそんな頃から問題を起こすようになったんだろうかな…。」
 顎鬚をさすりながら藤井先生は呟くように言った。
 「そんなことがあったのですか…」
 「ああ、もう1年くらい経つのかー。犯人は未だつかまっとらんと言う。時々警察も学校に来る始末だ。」   
 私は言葉を失ってしまった。あの、悲しいほどせつないピアノの音色は彼が両親への思いを重ねていたんだ。

 「なんだよ、家にまで押しかけてきて…。まだ懲りないのかよ。」
 私はあの日以来再び不登校を繰り返している彼、兼山東の自宅へ足を運んでいた。
 「あのね、ご両親のこと藤井先生から聞いたわ。」
 私がそう切り出すと彼は黙ってうつむいた。
 「…まだ犯人捕まってないんですってね。」
 沈黙はしばらく続いた。妙な雰囲気だった。この間までの威勢のいい彼は微塵も感じられなかった。やはり両親のことが尾を引いていたのだ。
 私は自分の言ったことに対して反省していた。彼に力になるといって結局自分の身が危なくなると突き放してしまったのだから。彼の事情も知らずに心に入り込もうとしたこと、人の心にそんなに簡単に入り込めるものではないと痛いほどこの時感じていた。
 「先生、何もわからなくてあなたのこと怒鳴ったりしてごめんね。大きな傷を抱えていたんだね。でも学校は、学校にはきちんと来てみんなで一緒に勉強しよう。そうしたらきっとご両親も喜んでくださると思う…」
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