女教師

「はーい、授業始めます。挨拶~」
 生徒達は兼山東が毎日登校するようになってから興味津々とばかりにあちこちで彼の噂話が耳に入ってくる。私はそれが嬉しかった。
どんな悪いことを言われようとも、彼はあの日音楽室で私に心を開いてくれたのだから。
 「…先生、ごめん。生意気なことばかり言って。先生の気持ちよくわかった。何でかはよくわからねえけど、先生だけは俺の力になってくれるって今わかったよ。今まですみませんでした。」
 そう彼はあの日言いながら、私を抱きしめたのである。私は、その行為に理解することに少し時間がかかったが、彼が抱きしめてくれた瞬間、とてもあたたかいものを感じたのだ。そうして何分も何時間もあの音楽室で抱き合っていた気がする。今思えば大問題に発展するところだが私は彼が心を開いてくれさえすればあとはどうなってもよかった。そして、彼は学校へ来る条件として一つ私に約束事をしてきた。それは今度の日曜日、一日時間をくれ、ということだった。私はそんなことで学校へ来てくれるなら喜んで差し上げようと思った。そうして約束どおり、彼は学校へ来た。藤井先生や他の教師達は驚いた表情を隠せないようだったが、彼が大人しく授業を受けているのを見ると、職員室中は彼の噂で満たされ、明るい雰囲気にさえなっていった。さすがに問題児が変わっていったのを見るのは教師として一つの喜びなのだろう。ただ一人、浮かない顔をしていた教師がいた…。
 
 「兼山くん!」
 「先生!こっちこっち!!」
彼は大きく手を振って私に合図した。約束の日曜日、遅刻した私は慌てて彼の待つ場所へ息を切らしながら駆け寄ったのである。彼は私の手をつなぐと、今にも出発しようとする電車に飛び乗った。
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