女教師
「すごおーい。東京の近くにこんなところがあったなんて…」
 本当にまるで妖精の森とでも言うべき泉や川や木や草が幻想的に作られておりあたり一面を支配していた。
 「ここさ、俺が一人になりたいとき、曲作りたいときとかよく来るんだ。」
 「兼山くん、曲作るの?」
 「まあね」
 得意そうに彼はうなづいた。
 「すごいね。そんなことできるんだー。そうだピアノ弾けるのよね。そういえば」
 「俺、おやじとおふくろが死ぬまでずっとバンドに夢中だった。バンド以外は何も見向きもしなかった。けど、親が死んで、『なんで俺、こんなことに夢中になってたんだろ。親に心配かけてまでする価値があったのか』なんて考えてたらいつの間にか気が滅入ってた。親の面影をずっと追い求めてた。そして大事な人たちを殺された怒りをどこにもぶつけられなくて苦しくてずっと藤井や笹倉先生にやつあたりしてたんだ。」
 私は静かに彼の話を聞いていた。彼が変わりつつあろうとする姿を見つめながら私はその変化に嬉しさを覚えた。
 「バンド、続けて欲しいな。そんなにあなたに夢中になれるものがあるなんて、先生、知らなかったもの。」
 私たちは自然と耳に流れ込んでくる川のせせらぎを感じながら感傷にひたっていた。そうして私たちの運命はこの時から歯車が狂っていくのだった。

 ―電話が鳴り響く。―
 食事をしていた私は一気に飲み込んでお茶を一口すすると慌てて受話器をとった。
 「もしもし。笹倉です。」
 「・・・・・・。」
 「もしもし。どちら様ですか。」
 相手は一向にしゃべろうとしない。いたずら電話だろうか。私が切ろうと思ったその時だった。
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