女教師
そう言って前の椅子に座ると樹里は上半身だけ後ろへやって東を見つめた。
 彼は集中できないと思ったのか、教科書を閉じて机に置き、腕組をした。
 「俺、ふっきれた。ある人のおかげで。だからバンド始めて一から人生、やり直してみたい。新しい自分になるために。」
 「ある人って…」
 「言わねえ。」
 そう彼は微笑し、窓の外に目をやった。もうすっかり桜が散り、緑の木々がさわさわと気持ちよさそうに揺れていた。
 中野樹里はそんな彼を見てその『ある人』というのがわたしであるということを悟っていた。
 ―そして放課後―
 「笹倉先生、ちょっと話があるんですけど。」
 そういって中野樹里は図書室に私を呼び出した。少し不安げに私は彼女の後についていく。そして図書室のドアを開け、私が入ったかと思うといきなり振り返ってこう言った。
 「先生、東を立ち直らせてくれたのには感謝するよ。けど、これ以上、彼に関わらないでくれる?彼はあなたに恋愛感情を持ち始めている。私、わかるのよ。もしまたおせっかいするようなことがあったら私、今度あんたに何するかわかんないから。」
 私は彼女の思いを受け止めると、戸を閉めて言い聞かせるように言った。
 「中野さん。私は一教師として彼の力になってあげてるだけよ。彼は自分の力で歩き始めているわ。もう私が関わらなくても立派のにやってゆけるはずよ。ただね、あなたたちはまだ高校生。本当に助けが必要なときは私たち教師が手を貸すわ。それが仕事だもの。何処までいっても私たちは教師と生徒。それ以上の関係なんて望んでいないわ。それよりも今度はあなたが力になってあげる番よ。頑張ってね。」
 「その言葉、忘れないでね。」
 少し力のこもった言葉を発して中野樹里は図書室を後にした。私はため息をつき、壁にもたれかかっていると、誰かが戸を開ける音がした。
< 26 / 74 >

この作品をシェア

pagetop