女教師

「先生！？」
　「兼山君、どうしたの？」
　私は中野樹里と会っていたのがバレていないか心配でハラハラしてキョロキョロ目を動かしていたがどうやら気がつかれていないようだった。
　「先生。後で音楽室に来て欲しいんだ。」
　「え？どうして。」
　「俺、親が死んでから初めて曲作ったんだ。それを先生に一番に聞いて欲しくて…」
　彼は少年のような瞳で私を見つめた。ここで私はさっき中野樹里が言った言葉を思い出していた。
　「兼山君…。嬉しいけど、それは中野さんに言ってあげて。彼女、あなたのこととても心配していたし、それを言ったら喜ぶわ。」
　「俺は他の誰でもない、先生に聞いて欲しいんだよ。先生以外に聞いてもらったって意味ないんだよ！」
　彼のまっすぐな心は私の胸を強く突き刺してくる。
　「…先生はね、相談にものるし、力にもなる。けれどプライベートで二人きりで会うのはこれっきりにしましょう。」
　私は胸の鼓動を抑えながら彼に強く訴えた。仕方なかった。中野樹里にあんなに大きな口をたたいておきながら、彼にそう迫られると断りきれなかった。彼は外見では強がって意地をはってはいるが、内面はガラスのようでもろく、今にも割れそうな心を持っていることを私は知っていたからだ。
　「初めて、ここで先生と会ったんだよね。」
　私は静かに音楽室へ入っていくと、彼はそう言って迎え入れた。
　「…そうね。あのときのあなたは手がつけられないほど荒れてたわ。」
　私は彼に近寄りながら微笑んだ。静かに切ない程のピアノの音色が私の耳に流れ込んでくる。心が引き寄せられる。私は必死に感情を押し殺そうとした。しかし、彼の気持ちが痛いほど、私の心に入りこんでくる。私は既に彼の前で感情を隠すことができなくなっていた。突然、彼がピアノを弾く手をやめて、私に近づいてきた。そして右手で私の目から流れる切ない雫をそっと手で拭うと、すっぽりと抱きしめた。
　「先生、わかってるんだろ。俺の気持ち…。」
　「ごめんなさい。」
　「なにが…。」
　「あなたをこれから苦しめるかもしれない。」
　「どうして？」
　「私もあなたを愛してしまったから。」