女教師
「笹倉先生。すみません。突然押しかけてしまって…。でも僕、どうしても心配で…。」
家のチャイムが鳴った後、かすかな期待が私の頭をかすめた。彼が『嘘だよ』って笑って私の家のドアの前で立っている幻想を抱いた。そのせいか根岸先生が霞んで見えて私はしばらくボーっと突っ立っていた。
「笹倉、先生?」
「ああ、すみません。でも大丈夫ですから。」
「まあまあ。僕こう見えても料理は得意なんですよ。」
そう言って根岸先生は玄関にズカズカと入ってきた。私は一瞬躊躇して言った。
「あの、困ります。部屋散らかってるし…。」
私は後ろを振り返りながら言った。それに今は独りでいたいのにどうしてこの先生はここまで私に介入してくるのだろう。確かに好意を抱いてくれているのはわかっているのだが私には“ありがた迷惑”という言葉しか浮かんでこなかった。
「あっ。そうですよね。じゃあ家で作って持ってきますよ。それなら召し上がって頂けますか?」
「あの、それも困ります。本当に結構ですから…。」
「わ、わかりました。それじゃお大事に。」
「…あ、あの…。ちょっとだけ待ってて下さい。すぐ片付けますから…。」
根岸先生があまりにもがっかりした顔をするので私はそう言うしかなかった。私が急いでリビングへ向かうと、根岸先生の顔は仮面を取ったかのようにニヤリと口元を曲げていたのである。
「笹倉先生―。白菜食べられますか?」
「ええ。野菜なら何でも好きです。」
食欲なんか全然無かったが根岸先生が嬉しそうに私に話しかけるので何も言えなかった。
「おいしいでしょ?」
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