女教師
根岸先生はいつものニコニコ顔で私の顔をのぞきこんだ。
「え、ええ。とても。」
食欲なんてなかったがそのシチュウは意外にも私ののどをスルスルと通っていったのだった。同時に根岸先生の愛情も感じられて私は一時だけ彼のことを忘れていられた。
「私ね、ふられたの。彼に…。」
「え…。」
急に私は昼間の出来事を根岸先生に話し出していた。根岸先生は意外だったようだがずっと私から目をそらさなかった。
「もう、何がなんだか、わからなくなってきた。誰を信じたらいいのか…。」
気がつくと嗚咽をもらしながら涙を流していた。そんな私を根岸先生は静かに見守り、そして優しく抱きしめてくれた。
「笹倉先生。」
「あ、根岸先生…。」
白衣姿の根岸先生が私に駆け寄ってきた。あの日以来、私たちは頻繁に会うようになった。
「東―。」
突然そう呼ぶ声が耳に飛び込んできた。その瞬間、心臓が大きく脈を打つ。でも私は彼と目を合わそうとはしなかった。そんな私の様子を根岸先生はまるで監視するように見る。
「ねえ。今日バンドないの?」
「ああ。」
「だったら、どっかご飯食べに行こうよ。」
中野樹里と彼のそんな会話が私たちの間に聞こえてきた。まるで今までの出来事が無かったかのように無常に。
「いいですね。生徒は青春真っ只中で…。」
いつものニコニコ顔で根岸先生は彼らを見つめていた。私は根岸先生のように第三者という見方はできなかった。
「でも、僕らも青春かな、なんて…。あの、笹倉先生?」
二人を見つめながらそんなことを考えていた私は全く根岸先生の話を聞いていなかった。
「あの、ごめんなさい。何の話でしたっけ?」
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