女教師
「いや。いいんですよ。」
根岸先生はうつむき加減でそう言うと、眉をしかめてギリっと強く歯をかみ合わせた。
「おじゃま、します。」
「どうぞ。何もない所ですが。」
「あの。ごめんなさい。突然押しかけてしまって…。すぐ帰りますから。」
「いや。いいんですよ。私は嬉しいですよ。笹倉先生が私の家に来たいだなんて言ってくれることが。」
私たちは少しの間見つめあった。私はフッとその視線から抜けるとオペラのCDがいくつも重なって飾ってあるのを見つけた。
「オペラ、好きなんですか?」
「え?ええ、まあ。」
根岸先生は慌てた様子でそう言った。
「そういえばね、変なイタズラ電話がかかってきた時、オペラが聞こえたんですよね。それ以来かかって来なくなってよかったんですけど。あ、やだ。先生を疑ってる訳ではないですよ。」
私がそう微笑むと根岸先生は後ろから私をそっと抱きしめた。
「舞、さん。」
「え?」
「あ、もう笹倉先生じゃなくてもいいかなって。」
「…うん、いいよ。」
私は抱きすくめられた瞬間、金縛りのように動けなくなっていたがなぜかこの人に抱かれていると優しい気持ちになる。そして安心感が胸の中に広まってゆくのだ。この人になら彼への思いも傷ついた気持ちも癒してくれるのかもしれない、そう思っていた。私は抱きすくめられた腕に力を込めて握り返した。
「やっと手に入れた。もう誰にも渡さない。」
呪文のように根岸先生は呟くと、いつものニコニコ顔を作っていた。

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