女教師
「俺、あいつに先生と別れないと先生の人生をメチャメチャするって。だからあんな嘘をついたんだ…。」
「…ずっと前もあいつって言ってたよね。誰なの?あいつって…。」
ずっと彼の口から出るあいつっていう人物を知りたかった。そのあいつという人物の存在で随分彼が苦しんでいることだけは私はわかったからだった。
「根岸だよ。先生と別れても俺はずっと先生を見ていようと思った。でもあいつが、根岸が先生に近づくのを見ていて、いてもたってもいられなくなった。先生、お願いだよあいつだけには近づかないでくれ。」
私はテーブルの上のお茶の湯気を見ながら彼の言葉を聞いていた。彼の目を見ることができなかった。確かに嘘はついていないはずだと思う。けれどわたしの中でまた私は同じことを繰り返すのではないだろうか、また彼に傷つくことを言われるのではないだろうかそんなことを思っていたのだ。
「嘘よ。根岸先生がそんなことをする訳ないわ。」
私は彼を見ずにそう言った。
「本当なんだ先生。これ以上あいつに…。」
彼の声は上ずっていた。
「あなた、根岸先生に何か恨みでもあるの?あいつって言い方根岸先生に失礼よ。先生って呼びなさい。」
そう言うと、彼は黙りこくっていた。そしてしばらく沈黙が続いたあと、落ち着いた表情になってこう言った。
「先生、覚えてる?二人で森に行ったときのこと。あの場所は俺が先生以外誰も案内したことのない場所なんだ。俺はあそこで一生、先生を守り続けようって誓ったんだ。だからあいつから必ず先生を守ってみせる。先生が嫌だっていっても絶対離れない。守ってみせるから。」
彼の一切の曇りない瞳に私は魅せられていた。そして互いに見つめあっていたずっと…。
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