とんでも腐敵☆パートナー
「多分その夏はすぐ終わると思うけど。……まぁ、その心意気に免じて、このボートだけは使ってあげてもいいわよ」
 
 意外な言葉が飛び出した。
 
 しかし、よく聞いてみればそれも微妙に高飛車なものであることに変わりはないのだが、
 
「えっ! ホント!?」
 
 高地を喜ばせるには十分だったようだ。これ以上ないという程に顔を輝かせて立倉を見上げた。
 
「せっかく作ってくれたんだしね……日光浴にでも使わせてもらうわ」
 
 ふっと表情を緩ませて言う立倉。この女の不快と不機嫌以外の表情を、今日初めて見た気がする。
 
「凄いよ高地さん! 今の、祥子には滅多にない最大級の譲歩だよ!」
 
 グリコが高地の肩を叩いて励ましの言葉をかける。どうでもいいが、あれが最大級の譲歩ってのは人としてどうなのか。一応あのボートを一人で膨らましたのは高地なんだが。
 
「ふふ。海について来たことといい……祥子も随分丸くなったじゃない」
 
 池上までそんな調子だ。
 
 高地は元気の戻った顔で立ち上がると、ようやく出番となったオレンジのボートを脇に抱えて力強く言った。
 
「じゃ、じゃあ、早速海上ビーチにご案内致しますよ祥子ちゃん! ゆったりボートでくつろいでおくんなせぇ!」
 
 そこで口調まで変わるのは何故なのか。俺にはもうついていけない。
 
 くるっとその場の連中に背を向け、俺は一人、ピーチパラソルの下に戻っていった。
 
「む? むぅ~~。朽木さん、何処行くのー?」
 
 ストーカーグリコが後を追ってきた。
 
「俺も海に浸かる気はない。ここで昼寝でもしておくさ。どうせ荷物番も必要だしな」
 
 借りてきたコンパクトチェアに座って言う。
 グリコは頬を膨らませて不満気な顔をした。
 
「海に来て海に浸からないなんて邪道だよ! 一回くらいは海に浸かろうよ~」
 
「それで俺と拝島がパーカー脱いだら、お前、また鼻血出すだろ」
 
 言ってやると、うっと言葉を詰まらせた様子で顎を引くグリコ。別に意地悪してるつもりはないんだが、こっちが苛めてる気分になる顔をするのは小狡い技だと思う。
< 104 / 285 >

この作品をシェア

pagetop