とんでも腐敵☆パートナー
「あなたっ! 何を言い出すのっ!」
 
 ヒステリックな神薙蓮実の声がどこか遠くに聞こえる。
 
「神薙を継ぐのは秋一よっ!」
 
「秋一には荷が重い」
 
「だからってこんな――秋一がこの人に劣るとでも言うのっ!?」
 
「その判断を下すのは私だ。お前が口出しすることではない」
 
 神薙のその言葉は暗に俺にも重圧をかけている。先刻から俺の意思をまるで無視して進められる口論からもその意図することは明らかだ。
 
 
 俺に選択権を与えるつもりはないということか――
 
 
 何故、また――抜け出せたと思ったのに。
 
 足元に、ぽっかりと穴が開いた気がした。
 
 深い底なし沼の上に、薄い氷一枚を隔て、立たされてるような錯覚を覚える。口の中がからからに乾いていた。
 
 
 俺は一生、神薙の呪縛から逃げ出せないのか――――?
 
 
 いつのまにか、周囲の景色も、じっとこちらを見据える神薙の姿も、黒い霧の中に消えていた。
 
 霧は徐々に色を濃くし、俺の周りを取り巻いていく。深い闇と化した霧が、俺を取り込もうと迫ってくる――――
 
 
 
 ブルルルルル
 
 
 突然、胸の中に震えが走った。
 
「!」
 
 瞬時に音と光が蘇る。神薙が怪訝な顔をこちらに向けていた。
 
 俺を現実に引き戻した震動は、スーツの胸ポケットから発されていた。
 
 一秒毎の規則正しい律動――メールの受信。
 
 ――グリコ?
 
 根拠もなくそう思った。
 
 続いて頭に浮かんだのは、目を閉じて空気を吸い込む拝島の顔だった。
 
 胸ポケットに拝島の温もりを感じる。
 
 小さな熱が体の奥に灯った。
 
 
 本当に、あいつめ――――タイミングだけは、妙にいい。
 
 
 自然と口元が綻ぶ。一度ゆっくりと瞼を閉じ、次に開いた時、真っ直ぐ神薙の目に視線をぶつけた。
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