とんでも腐敵☆パートナー
「神薙を継ぐ気はありません」
 
 強く、はっきりと。
 
 この男の目を真正面に捉えてそんな言葉が出てくるのは初めてのことだった。
 
 神薙の目がすっと細められる。
 
「冬也。私に逆らう気か?」
 
「薬学しか学んでない僕より優秀な人材はいくらでもいます。今どき世襲にこだわる必要もないでしょう。むしろ無理のある世襲により内部の反感を買うのではないですか?」
 
 言いつつ、だがこの男なら内部の反感など捻りつぶせるだろうとは思った。その圧倒的な支配力で。
 
 乾いた喉にワインを注ぎ込んだ。
 
 二口ほど飲んだ後で、今日は車で来たことを思い出し、ワイングラスを置いて水に切り替える。
 
 仕方ない。三十分程血中アルコールを薄めることに専念するか。
 
「私に意見するようになるとは偉くなったものだな」
 
 空気は徐々に重みを増してきた。
 
 神薙の放つオーラには質量でもあるのだろうか。計測してみたいところだ。
 
 先程まで喚いていた神薙蓮実も、父も母も、その重みの中にあっては微動だにできず、黙って事の成り行きを見守っている。
 
「一介の平凡な薬学生を跡継ぎに据えることを傍目から見た一般論を述べたまでです」
 
「平凡――か。己の能力を低いものだと評するのか?」
 
「ええ。僕に神薙を背負って立つ能力はありません。昔は多少勉学に長けてましたが、今やすっかりただの人です。神薙を継ぐなどという重責を課せられるのは迷惑です」
 
 気を抜けば目を逸らしてしまいそうになる己を奮い立たせて言葉を返す。
 
 再び沈黙が訪れた。
 
 神薙が俺に無言の重圧をかけてくる。
 
 背筋に冷たいものが走るが、ここで退くわけにはいかない。
 
 一度は逃げおおせた身なのだ。もう二度と捕まる気はない。一生かけてでも逃げ切ってやる。
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