目を閉じてトリップ
再び一人になり、木製の椅子に静かに腰を下ろす。ハルカは意識の中では数分前の出来事を思い返した。
学校からの帰り道だった。花の蕾のような形をした荷台を持つ馬車が目の前に立ち塞がり、それに乗った美しい女が身に覚えのない被害をハルカに訴えた。
あっという間に拘束されて気づけばこの町にいた。
校門を出た時点で午後4時は過ぎていたはずなのに、この部屋の時計は3時をさしているのが、ハルカには不気味で堪らなかった。
「おーや、お客さんかい」
粘着質な声に思考を中断したハルカの目の前に、小柄な男が立っていた。眠そうな二重の目と不自然に上がった口角が目につく細身な若い男だった。片手には肉汁が垂れるケバブが握られている。
「あ、あの……、ここに案内してもらったんです」
「俺を便利屋扱いしやがってんなー」
彼の表情には言葉よりも怒った様子がなく、ハルカは胸を撫で下ろした。
「あっ、知ってっと思うけど俺イタチって呼ばれてんのね。あんたも呼んでいいから」
「イタチさん」
「あんたはハルカちゃんね、なるほど」
ハルカの目を覗き込んでイタチは呟き、ケバブに噛み付いた。
「なんでわたしの名前知ってるんですか?」
「むっ?……ああ、名簿にね……。女王様に連れて来られたんだろ。金貨一万枚の賠償だってね、かわいそーに」
口の中の物を飲み込まないうちにイタチは言い、分厚い紙の束の一部分を指でさした。
「わたしの名前……」
罪状は馬車破損と書かれている。
「わたし、これ全くおぼえがないんです。あの女の人とも初対面だし……」
「それはお気の毒に。犬に噛まれたと思うんだな」
けらけらと笑うイタチにハルカは目眩を覚えた。