目を閉じてトリップ
2.お菓子屋の恋
下宿先の平屋に住む中年の女性はアムレと名乗った。ハルカの姿を見ると慣れた様子で一つの部屋のドアを開けてくれた。
ささやかな出窓と小さな机、シンプルなベッドが置かれた狭い4畳ほどの部屋だった。
「イタチに言われて来たってことは、指輪作りが仕事でしょう。あんたが作った指輪をわたしが金貨に替えてきて、次の材料を貰ってきてあげようね」
三食の食事代と宿泊費を引いた額をアムレがハルカの稼ぎとして渡してくれると言う。イタチの紹介なのだから損にはならないだろう、とハルカは了承した。
「これが指輪の材料だよ」
ビンに入った接着剤とヘラ、指輪の金属部分と宝石が木箱にそれぞれ入っていた。
「ありがとうございます」
「やだねぇ、敬語なんてやめな。下宿してる子はみんな家族だと思ってるんだよ」
ふくよかな手でアムレはハルカを撫でた。
「……ありがとう」
この町で初めて人の体温に触れたハルカは思わずアムレに抱き着いた。それを受け止め、アムレはあやすように話す。
「いい、よく聞くんだよ。ハルカの目的は金貨を貯めて自由の身になることでしょ?途中で何があってもくじけちゃいけないよ」
「うん」
「今の気持ちを忘れないように、毎日日記をつけるんだ。手帳はわたしがあげるよ」
「わかった、ありがと」
アムレは再びハルカの頭を優しく撫で、部屋を出て行った。
ハルカは窓に向かう机の椅子に腰を下ろして、外を眺めた。様々な姿の人が流れるように歩いて行くなか、ハルカは無意識に一人の人物を探していた。
「あなたは、誰なんだろう」
光に透けて輝く茶髪をした青年の姿を。