君へ

「~♪~♪~♪」
気分が良くて鼻歌も快調だ。
それはそうだ。
やっと5年越しの思いが成就したのだから。
なお可愛かったなぁ~。
俺と一緒にいてくれるって、俺のものになってくれるって言ってくれた。
なおの体柔らかかったなぁ~、もう折れちゃいそうなくらい細かったしなぁ~。
嬉しくて顔がにやけるのが止められない。
「なおの~好きなのはスクランブルエッグ~♪俺の~好きなのは目玉焼き~♪」
とうとう声になって歌ってしまう。なおのを作り終わり、俺のを作るために卵を掴んだ時に洗面所から騒々しい事が響く。
「永久っ!永久、姫さんが!」
姫の言葉に思わず卵を取り落とす。
あれは春の声だ。
北河春斗。
中学生に上がってから俺付きになったタメの男だ。
頭も切れて俺の立場もよく理解してくれる良いヤツだ。
仕事を頼んで外に行ってもらっていたが帰ってきていたのか。
珍しく声を荒げている。
相当焦っているのだろう。
「なおっ」
慌てて駆け付けると洗面台の前で倒れているなおを見付ける。
春が介抱しようと近付いているが、なおが動揺して怯えきっている。
「ひっ…あっ…助けて…いや…ごめ、なさ、ぶたないで…っ」
「君、姫だろう?何もしないよ」
必死に春が話し掛けているが聞こえていないようだ。
「いやああぁぁぁぁっっ」
春がなおの腕を掴むとなおの怯えはピークを迎えた。
「なおっ」
声を掛ける。
怯えさせないように。
間違えても怖がらせないように。
「なお」
優しく呼ぶ。
はらはらと涙を零して何も映していなかった瞳が俺を映す。
「と…わく…」
がたがた震えた唇は言葉を紡げない。
でも大丈夫。
俺には届くから。
「なお、大丈夫だよ」
膝まづいてしゃがみ込むなおを包み込む。
怯えて震える背中を優しくさする。
何度も。
安心するまで、ずっと。
「なお、大丈夫。大丈夫だから」
さっき止まったのにまた溢れる涙が俺のシャツを濡らす。
涙と汗で頬にへばり付いた髪をゆっくりとっていく。
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