君へ

「あっ…あっ…」
まだショックで声が出せないなおの髪をなでる。
「喋らなくていいから。大丈夫だよ」
ぺたりと床に座り込み彼女を包むように抱きしめる。
なおの肩越しに春と目が合い出て行っていいと伝える。
春が思案するようになおを一瞥してまた俺を見る。
なおを見るなと一気に不機嫌になる俺を見て降参ですと両手をあげて出て行く。
「なお、驚いたよね。ごめんね。大丈夫だよ、アイツは俺の親友で、北河春斗っていうんだ」
5分程して、呼吸が大分落ち着いてきたのを見計らって話す。
「っ…しん、ゆ?」
たどたどしい声が幼くてより可愛い。
思わずぎゅっと抱きしめる。
「親友…」
繰り返し呟いてやっと言葉が頭の中に入っていくみたいだ。
「あ…っ永久く…とも…だっ」
右手が髪を触ったり太股を爪で掻いたりせわしなくなってくる。
ああ。
気が付いて自己嫌悪の海に落ちる彼女を引き上げる。
「ごめ…なさ…っ」
「いいんだよ。驚かせたアイツが悪いんだから」
なおを連れてきたのは春だって知っていた。
なおに対しての必要な予備知識は伝えてあった。
それなのに不用意にアイツがなおに近寄るからだ。
なおは悪くない。
なおに触れていいのは俺だけだ。
「いいんだよ」
そっと右手を俺の手で包む。
冷たい。
「なお、ここは冷えるから部屋に戻ろう」
ご飯は部屋でとればいい。
冷蔵庫の中身と消化にいい食べ物を照らし合わせて何が作れるかなと考えを巡らせる。
腰と膝下の下に腕をいれ立ち上がる。
軽い。
あまりに軽くて一瞬眉にシワがよる。
ひゃっ、と小猫のような悲鳴を突然の浮遊感にあげる。
「私、立てるよっ」
小さな抗議があがる。
笑顔を向けてだめだよと無言で告げる。
「だぁめっ。連れてかせてね」
うっすらと頬が赤くなっている。
「じゃ、じゃ、ご飯、下で食べるっ」
シャツを握って下からまだ涙で潤んだ瞳を向けて訴えてくる。
「…だめ…かな?」
語尾が小さくなっていく。
可愛いっ。
断れる訳ないのに不安になんかならなくていいのに。
「食べたいの?」
「うん、永久くんのせっかく作ってくれたの、食べたい」
素直な返事に思わず頬が熱くなるのが分かってなおから見えない角度に首をずらす。
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