天使はワガママに決まってる
そのときだった。
一人顔を伏せて呻いていた私には
近づいてくる足音が聞こえなかったんだ。
気がつけば、一つの影が
私の上に覆いかぶさっていた。
「…大丈夫?」
聞きなれない声。
少し少年のように高くて
とてもとても……優しい響き。
その甘い声に、私は自分の顔もなにも考えず
フッと顔を上げた。
「あは…っ、顔酷いよ?」
「えっ、えぁ、」
私の目の前に立つ――一人の少年。
私の顔をみて軽く吹きだした彼は
優しく私の頬に手を添えた。
その親指が、流れ落ちたマスカラと一緒に私の涙を拭う。
「ちょ…っ!」
――誰だっけ?
見たことはあるけれど、今どうしても名前が思い出せない。
脳をフル回転させて、名前を連想させても
出てくるのは俊くんの顔ばかりで。
「……有明、祐唯。」
ふいに言われた名前。
もしかして困ってることが顔に出てた?
有明祐唯(アリアケ ユイ)と名乗った少年は
少し小柄な背丈で、大きな瞳で私を見下ろしている。
「だ…だれ…?」
「え、」
私の言葉に少し悲しげに眉を垂れ下げると
同じ視線にしゃがみ込み、
再びあの甘い声で言った。
「…同じクラスなんだけど、ね。」
「嘘っ!?」
困ったように有明くんは笑う。
戸惑いを隠せない私に、有明くんは何も言わず
はい、と首に巻いていたタオルを渡してくれた。