紅芳記
翌朝は早く目が覚め、隣でお休みの信之さまを起こさぬよう、そっと布団を出ました。
清々しい朝の風を感じようと軽く身なりを整え廊下に出ると、一匹の猫がいました。
「野良猫…?」
首に首輪も鈴もついていませんし…。
真っ直ぐ見つめて来るしま模様の可愛らしい猫なので、つい近づいて抱き上げてしまいました。
「そなたは一人か?
父上や母上は?」
そんなことを聞いても猫にわかるはずもなく私の腕の中で『にゃー』と小さな鳴き声で鳴いて甘えてきます。
「小松?」
私を呼ぶ声に振り返ると殿が寝所から出ていらっしゃいました。
「殿、起こしてしまいましたか?」
「いや…。
それよりも、その猫は?」
「今しがた庭に迷い込んでおりました故…。
野良猫のようでございます。」
「そうか。」
そう言うと殿は私に近づき、
「わしにも抱かせてくれぬか?」
とお手を出されました。
「はい。」
私は猫を殿に渡そうとするのですが、猫は私にしがみついて離れません。
それを見た殿は声をあげてお笑いになり、
「わしはその猫に嫌われてしもうたようじゃの。
そうじゃ、小松。
その猫を飼う気はないか?」
とおっしゃいました。
「よろしいのでございますか?」
「もちろんじゃ。」
「あ、ありがとうございまする。」
「さて、猫の名はなんとしようか。」