紅芳記
「今すぐにと言うわけではない。
いろいろ下準備もせねばならぬ。」
「では、いつ頃となりましょう。」
「早くて弥生の暮れだそうじゃ。
書状にはそこまでしかない。
…しかし、出陣と相成ればこの城を守るものがおらぬ。
まだ、わしには子がない。
真田は兵力も少なく、出陣とあらばほとんどの兵を連れて行くこととなろう。」
「それには心配は無用にございます。
殿が留守とあらば、城を守るは妻たる私の勤め。
城のことはお気になさらず、存分にお働き下さいませ。」
「しかし、それでそなたにもしものことがあったらわしはっ…!」
殿は力強く私の手を握って下さいました。
しかし、そのお手はわずかに震えておりました。
「ご心配なさりませぬな。
私の父を誰と心得ておりますか。
まだ戦で傷を負ったことがない、本多忠勝にございますよ。」
「小松…。」
「殿、武士たるもの、臆するは恥にございますぞ。」
「…そうじゃな。」
殿は苦笑され、私を抱きしめて下さいました。