紅芳記
「あの、奥方様…?」
しまった!
つい見とれてしまいました。
「す、すみません。
あまりに夢姫様がお美しいもので…。」
先程まで己に『動じてはならぬ』と言い聞かせた私はどこに行ったのか、答えた声はぐらぐらに揺れていました。
されど、やはり私もただの女。
どうしても自分と夢姫様を比べてしまいます。
この艶やかで儚げな姫君に比べ、私ときたら、じゃじゃ馬な上に見た目も武勇に名高い実父、忠勝の勇猛さを表したかのような顔つき。
劣等感を感じずにはいられませんでした。
「たしか…、四年前でしたか。
奥方様のお輿入れは。」
いきなり、夢姫様がそう言いました。
「は、はい。
天正十四年でした。」
「その折はご挨拶にも上がれず、申し訳ございません。」
「そのようなことは…。」
夢姫様のお気持ちを考えたら、とても挨拶になど来れなかったはずです。
「そ、それよりも、夢姫様。」
話題を急いで変えようとしますが、なにも思い付きません。
「夢、とお呼び捨て下さいまして、結構にございます。」
動揺の隠せない私とは対照的に、夢姫様は凜としておられます。
「…そうで、ございますか。
承知致しました。」