紅芳記
兎に角、秀頼君の元に新たな政が開始されようとしておりました。
太閤殿下の命で続いていた朝鮮出兵は直ちに中止され、日本兵は名護屋城まで引き上げました。
あれよあれよとことが進んでいるようで、大殿は全く国許にお帰りになれなくなってしまい、代わりに殿が沼田領と共に上田領の統治をするべくお帰りになりました。
慶長三年の秋のことでございます。
上方と国許を往復する事の多かった殿でございますが、これよりしばらくは国に留まるそうでございます。
「殿、お務め、お疲れ様にございます。」
近頃の殿はお忙しく、夜遅くまでお務めをされていることも多く、この日は久しぶりに褥を共にしております。
「小松、再び天下が乱れることに、なるやも知れぬ。
上方では、最早、秀頼君と内府様の二人の天下人がいるような状況になっておる。
淀殿はこれに不快感を露わにして、一触即発の状態じゃ。
戦にならなければ良いが…。」
「もうそのようなことになっているのでございますか?」
「淀殿もそうじゃが、石田治部少殿も、何とかして徳川を排そうとしていると噂がな。」
「…恐ろしいことでございます。」
「もしもの時の備えはしておくよつにしてくれ。」
「心得ましてございます。
さ、もうお休みなさいませ。
お疲れなのでしょう。」
「そうしよう。」
殿の只ならぬご様子に、些か胸騒ぎがしたものの、慶長三年は何事もなく過ぎて行きました。