紅芳記
殿のことをちんちくりんとは、なかなか豪快なお方…。
何でも、派手な衣装の割に雅ごとにも通じた風流人だそうでございます。
そのため、殿にも度々詩歌をご指南されていたとか。
「此奴には、昔からあれこれ教えてやってるというに、なかなか実らん!
実につまらんと思っておったのに、京で女のケツ追っかけておるとは何だと文句をいってやったら…と、これは失言。」
「慶次様、京で女のケツ…とはどういう事でございますか?」
少なくとも、私が上方にいた時には慶次殿はお見かけしませんでしたから、その後の話なのでしょう。
まさかとは思いますが…。
「い、いやいやいやいや!!
何でもござらん!!
本当に、何でもない!!!」
慶次殿が露骨に取り乱すので、大当たりでしょう、
殿が沼田を留守にしている間に、ある女子に随分入れ込んでいると、世都の書簡の端の方に追記してありましたもの。
確か名は…
「奥方殿!
本当に何でもない!!
お通殿のことなどなんにも…あっ!!」
「慶次殿!!
これ以上は…!!」
慶次殿があまりに口を滑らすので、殿も焦ってお止めに入りました。
「いや、小松、これは慶次殿の戯言ゆえ気にするな!」
いつもの殿らしくない早口、図星なのは明明白白です。
「バカモン!!
儂はお笑いは好むが戯言は滅多に言わん!!
あ、違う違う!!
奥方殿…これは、その…」
とお二人が急に慌てておりますのでつい、
「存じております。」
とお返ししました。
すると今度は二人できょとんとされるので、少し腹立たしくも全てをお話ししました。
「私の手のものが、殿のご様子と共に知らせてくれました。
確か…お通、とかもうしましたか、その女は。」
私が冷静に言うと殿は青い顔で
「知っておったのか…」
と仰せになりました。
「はい、かなり以前より。
随分とお忙しいご様子でしたので、世都に探らせました。
お務めの度に足繁くお通いになっていたとか。」
「…怒っておるのか?
そなたに内密にしていた事…。」
「それは、始めは怒りましたとも。
しかし貴方様のお忙しさを拝見すれば、動けぬ私のかわりにお慰めする者も必要ではないかと、黙っている事に致しました。」
「小松…、すまぬ。」
「謝らないでくださいませ。
良いのでございます。」
殿が頭をお下げになるので慌ててそうお返事すると、慶次殿が
「いや、なんと良い女だ!!
やはりこのちんちくりんには勿体無いほどの嫁御である事よ!!」
と泣き出してしまわれました。
それから、私と殿を交互にバンバンと叩きながら、仲良くしろだとか、嫁を大事にしろとか様々な事を叫ばれました。
慶次殿は会津の上杉家にその家老の直江山城守様を訪ねて行く道中らしく、数日沼田城に滞在して再び旅に出掛けられました。
その間、慶次殿のその豪快な半生をお伺いし、とても面白い時間となりました。