紅芳記
親兄弟といえど、ひとたび戦になれば、殺し合うのが、この戦国の世。
しかし、それはあまりに悲しい事でございます。
私は、何としてでも、戦を避けたい。
家臣達を一度下がらせて、ふじと仲橋、香登の私付きの老女三人だけを呼びました。
「ふじ、仲橋、香登。
大殿の軍が上田城に向かい、ここを通る時に、戦にならぬようにまずは家臣から裏切り者を出さぬようにせねばならぬ。」
「裏切り者、でございますか?」
「左様。
万が一にも、家中の中で戦になってしまったら、裏切り者が出ることは致命的ぞ。
ゆえに、私はまず、殿に付き従った沼田城下の家臣の妻子を城内に招き、城から出さぬようにする。」
自分でも、恐ろしいことを申していると、存じております。
されど、今は戦にならぬように働きかけることが第一にございます。
手段を選んでいる場合ではないのです。
犬伏から沼田城までなど、すぐでございますもの。
兎に角、時間がありません。
「じゃが、ただで呼び出して逃げられては困る。
それゆえ、戦勝祈願の宴を開くと申し伝え、妻子を全員城に集めよ。
殿の軍に、裏切る者などおらぬと信じたいが、手は打っておくべきじゃ。」
「全員、にございますか?」
「全員じゃ。
その時の使いを、仲橋と香登、そなた達に頼みたい。
代々真田家の家臣を勤める家の出のそなた達にしか出来ぬ役目じゃ。
多少不審に思う者があっても構わぬ、何としても登城させよ。」
私の言葉に、二人は深く頭を下げ、承りましたと返事をしました。
「ふじ、そなたは二人が戻るまでに、城内の支度を調えよ。
宴の名目なのじゃ、多少の支度はしておかねばなるまい。」
「承知しております、お任せくださりませ。」
「頼むぞ。
家臣達を下がらせたのは、人質を知られて先手を打たれたくない故じゃ。
抜かりなく進めて欲しい。」
「はい、奥方様。」
三人は再び平伏し、それぞれの役目の為に部屋を出ていきました。