紅芳記
あとは、あのお方を説得しなくては。
私は、三人の居なくなった後に部屋を出て、ある人物の部屋に向かいました。
その方は、今は城下の屋敷を出て沼田城内の一室で暮らしています。
さて、何と説得すべきか…。
あれこれと思案しているうちに、その人の部屋の前に着きました。
「お夢殿、少し宜しいか?」
その人物とは、夢殿でございます。
彼女は真田一門の血を引いている人物、その影響力は確かに大きいものと言えるでしょう。
真田家の姫である彼女は、こういう時に“使える”人物なのです。
「どうぞ、お入りくださいませ。」
すぐに、返事が返って来て、中に入ります。
するとそこには、もう一人の女性がいました。
「これは、右京殿もご一緒とは。」
右京殿がこちらにいるとは、想像もしておりませんでした。
夢殿の処に行った後に、右京殿も訪ねるつもりでしたので、手間が省けたのは良かった。
「お夢殿、右京殿。
お二人に頼みたい事がございます。」
私は余計な挨拶などは無しにして、単刀直入に言いました。
「はい、奥方様。
この戦の事でございますね?
殿は内府様に、大殿が治部少様にお味方することになったと、先程伺いましてございます。」
「これは、話が早くて助かります。
そこでお二人に頼みたい事があるのでございますれば。」
二人に頼みたい事とは、城に集めた家臣の妻子を城に止める事でございます。
無論、私も相手をしながら様子を伺うつもりでいます。
そこに、殿の側室であり、真田一門のお夢殿と有力家臣の娘の右京殿の二人が加われば、こんなに心強いことはありません。
それに二人がその役をしている間に私は城に向かうであろう大殿の軍に気を配り、対策を講じる事ができます。
私はこれらの考えを二人に説明して、協力を頼みました。
二人は二つ返事でこれを受け入れ、準備の為に右京殿が先に部屋を出、部屋には私とお夢殿の二人きりとなりました。
「奥方様、先程のこと、どうぞ私にお任せくださりませ。
殿の妻としてだけでなく、真田一門の人間として、穏便に済ませねばならぬと、心から思っておりまする。」