たった ひとつの 恋
「あっ、来た来た」
覚くんがタバコに火をつけながら人混みに目を向ける。
そこにはサングラスにくわえタバコで、フルフェイスのヘルメットを持ったままブーツの音を立てて歩いてくる彼がいた。



あ…この人なんだ…



私は一瞬、胸が大きな音をたてた気がした。そして彼から何故か目が離せなくてじっと見つめていた。



「広さん、遅いよ~」
春くんは彼のことを紹介してくれた。彼は20歳で、製菓会社の広報に勤めていた。彼は“製菓”という言葉が全く似合わない外見だった。
「広さんは、すぐにケンカしちゃう人だけど、すごく優しい絵を描くんだよ」
「俺は売られたケンカを買ってるだけだよ」
吸っていたタバコを消しながら広海はぶっきらぼうに言った。機嫌が悪いのか愛想がないのか、それだけ言うとフイッとみんなから離れてしまった。
「広海さん、何かあったのかな?」
礼が心配そうに言うと、
「彼女と別れたんだよ」
と、大輔が言った。

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