†神様の恋人†
王太子様に謁見の願いが叶うまでは帰らないと決めたわたしたちは、旅の準備を整えた。

最低限の着替えと、パンと、わずかばかりのお金。

娘が誰もいなくなってしまうイザベル母さんには申し訳ないと思ったけど、わたしはどうしてもジャンヌを放って置けなかった。

わたしたちは父さんや母さんに説明する言葉を見つけることができなかった。

一番理解してくれるだろうジャン兄さんにだけ行き先を告げて出ていこう、とわたしたちは決めた。

「ジャン、ちょっといい?」

旅立ちの前日。

家の外で羊の世話をしていたジャンに、二人で声をかけた。

ジャンは、目線をちらっとこちらに向けただけで羊の背中を撫でながら言った。

「なに?二人して?」

ジャンヌが一歩前に出てジャンの背中に向けてきっぱりと言う。

「明日、ミシェルとヴォークルールに旅立つよ。王太子様に会わせていただけるまでそこに下宿して粘るつもり。ジャンには悪いけど、父さんと母さんのこと頼むよ」

ジャンはもうすぐ22歳になる。

明るくてしっかり者のジャンのことは、両親も頼りにしているのがわかる。

疎開先でも、ジャンの明るさにはずいぶんわたしたちも助けられた。

ジャンがどんな反応を見せるのか。

わたしは少し緊張していた。

「ジャン…頼むよ」そう言いかけたジャンヌの言葉にかぶせるように、ジャンは言った。

「ミシェルは置いて行け」





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